自分の生きる目的を気がつかせてくれた算命学

はじめまして。算命学の占いをしているねうし まりです。よろしくお願いします。

「ねうし まり」の由来は、「ねうし」は子丑天中殺(ねうしてんちゅうさつ)(算命学より)のねうしです。

苗字に算命学の特徴をもたせ、下に私の名前の「まり」を付けました。

お客さまからは「まり先生♪」と呼ばれることが多いです。

私は算命学に出会ったことで人生が変わりました。

算命学はそれだけ人生に強く影響を与える占術です。

子供の頃から思うがままに生きると出ていた

私は自分が興味を持ったことを、深く掘り下げて知りたくなる性格です。

この性格は子どもの頃から変わっていません。

子どもの頃に最初にのめり込んだのは、読書です。

1人の作家が好きになったらその作家が書いた文字を全部読みたくなり、単行本、文庫本、雑誌に載ったものを読みあさる。

そんな読書です。

興味を持った対象にのめり込む性格の私が、読書の次に興味を持ったのは異性でした。

好きな人ができたのです。

でも、その人と付き合うことは出来ず、その人の友だちと付き合うことになりました。

付き合う相手は誰でも良かった、というわけではないのですが、彼から告白されて「嫌じゃないな」と思ったから付き合うことにしたのです。

彼と付き合うようになるまで、友人らしい友人というものを持ったことがなかった私は、彼という存在をとおして、自分以外の人間が何を考えているのか知ることができる、と思ったのです。

彼に対して失礼なことをしたと思います。

でも、当時の私は、自分以外の人間の中身を知りたいという気持ちが強くて、頭の中のチャンネルが切り変わるように興味の対象が「彼という人間」になったのです。

彼は、私からの質問に喜んで答えてくれるような人でした。

本からは得られないようなことを彼は私に惜しげもなくさらしてくれました。

彼の考えていること、性格、行動の動機というようなものを理解できた、と感じたのは、付き合い始めてから2年後でした。

彼という人間の中身をすべてわかった、と当時の私は思いました。

傲慢な意識を持った19歳の私は、彼に対する興味をなくしてしまったのです。

でも、彼の気持ちを理解したと思っていながら、私から拒否されたら彼がどんな気持ちになるのか、まったく理解していませんでした。

理解していない、というより、彼がどう思うかということに興味がなかったのです。

私は、興味がないことを簡単に切り捨てる人間である。

ということを知りました。

自分の気持ち、他人の気持ちには興味はあるのに「こころ」というものを大切にしていないのです。

彼を簡単に捨てることができた自分には「こころ」が無いのだと思いました。

彼を簡単に捨てることができたことが、その後の私の人生の軸になっていきます。

私には「こころ」がない

私には「こころ」がない。

あるのは「興味」だけ。

人としてどうなのか?

その答えを見つけるのには長い時間が必要でした。

初めて付き合った彼以後に付き合った人との関係で答えを見つけようとした私は、自分に罰を与えるかのように付き合う人の要求を満たす努力をしました。

自分に罰を与えるような付き合い方をする関係が上手くいくはずがありません。

なぜなんだろう?

なぜ、人と上手く付き合えないのだろう?

どうしたらいいのか。

道に迷った私が出会ったのが「算命学」という占い

算命学は「生き方」という道を示すものです。

例えば、私は子丑天中殺(ねうしてんちゅうさつ)ですが、子丑天中殺を持つ人の特徴として、

思春期を向かえるようになる頃、親の支配下である家庭から逃れるために快楽主義的な世界へと傾倒していくことがあります。

親に対して強い反抗の態度を見せるようになるのです。

親に反抗したくなり、反抗するのですが、本人は反抗することで満足は得られません。

親から見ると、非行化であり遊びにばかり気をとられている子供に見えますが、家庭から逃避したい、という行動は運命の流れとしては悪くない方向に向かいます。

本人にとっては苦しまぎれの逃避行であり、その行動の結果からは本人も苦しみしか得られませんが、そこで学ぶことで感性や理性を高めることになります。

若年時の反抗は必要悪

周りの者が無理に正常な親子関係を維持させようとすると、かえって学ぶものを少なくしてしまいます。

この時期は暗闇を先陣を切って歩きながら現実を作る役割をもっており、中途半端な力では迷走してしまうために、生まれながら大きなエネルギーを与えられているのです。

という算命学の解説を読んだ時、自分が思春期に感じていたことが書いてあると思いました。

算命学を学ぶことで「こころ」を持たない私も人と付き合えるようになれるかも知れない。

そう思って算命学の勉強を始めたのです。

算命学の占いで出てくる天中殺というのは6種類しかないので、6人に1人は同じ解説になります。

でも、算命学というのは天中殺を解説するだけのものではなく、生年月日から算出した宿命というものからその人の特徴や人生の流れを見ていくものなので、6種類の解説以上の奥深さがあります。

自分の生年月日で、五行(ごぎょう)と十二支(じゅうにし)の組み合わせが決まります。

その組み合わせから自分の性格、特徴、人生の流れを読み取っていくのです。

私の宿命から読み取れる性格、特徴は、

・自分の思い通りの行動をする。
・結果を考えずに欲しいものを求めていく。
・後退しない前進力がある。
・意にそぐわないことはやらない。
・組織の歯車にはむかない。
・好き嫌いにこだわるのでわがまま傾向に。
・我慢が続くと感情が爆発する。
・事に望むときは理性が先行するので非情になれる。

人生の流れとして

・波乱の多い人生。
・強い運気があるが若年時は道がさだまらない。
・自分と世界との間に距離がある。
・自分の生きる目的がはっきりしてくると抜群の能力を発揮できる。

というようなものです。

ここに書き出した性格や特徴、人生の流れは鑑定でわかることの一部分です。

書き出すときりがないので、少ししか書きませんがここに書いたことは自分でも納得できるものです。

「こころ」を持たない「わがまま」な人間である、ということが算命学の鑑定結果に出ているのです。

でも、鑑定結果には「自分の生きる目的がはっきりしてくると抜群の能力を発揮できる」とも出ています。

「こころ」を持たない「わがまま」な人間である、という算命学の鑑定結果に深く納得できた私は、

「自分の生きる目的がはっきりしてくると抜群の能力を発揮できる」ということが気になりました。

自分の生きる目的ってなんだろう?

生きる目的がはっきりしていないから、道に迷っているのか?

生きる目的を知ることができたら、自分に対する不安はなくなるのか?

算命学の占いを勉強した結果、自分の生きる目的を知ることができました。

自分の生きる目的は、自分が生まれた日に受け取ったエネルギーの質と量から知ることができます。

生まれた日に私が受け取ったのは、知識欲、改革力、闘争心、観察力、自尊心、自我、蓄積力の7つのエネルギーです。

自分が持っているエネルギーは使わなければ不完全燃焼をおこす

エネルギーを持っているのに使わないか、使い方を間違えると、自分の本来の生き方に合っていないということで、軌道修正のためのトラブルを受けるようになるのです。

トラブルとは病気であったり、怪我であったり、人間関係の悩みであったり、自分に対する不安です。

私は自分に対する不安が強かったので、自分に合った生き方をしていなかった、ということになります。

間違っていたというより、常に軌道修正を求められていた、という感じです。

試練やトラブルを受けること自体は、自分を成長させるためには必要なことなのですが、試練が続くとか、トラブルが続くようだと、今していることは自分には合っていない、ということなのです。

私の持っているエネルギーで一番量が多いのは改革力というエネルギーです。

何かを変化させる働きです。

自分を常に変化させていく力でもあります。

エネルギーの質、量から考えると、

観察力、知識欲、他人のために力を尽くす闘争心をサポート役として、変化させていく力を活用することが私のやるべきこと、ということになります。

今していることにあてはめると、占いの勉強をして知識を増やし、お客さまを観察して判断し、お客さまにとって必要なことを力を尽くして伝える、ということになります。

占い師として活動するようになって、自分の中の不安はなくなりました。

自分がするべきことをしている、という感じです。

長くて暗いトンネルの中をさまよい続けた後、ようやく外に出て外気を吸うことができた感じです。

算命学に出会って受けた影響

算命学の占いに出会ったことで私の人生は変わりました。

自分の考え方や性格など、鑑定結果をみて深く納得できたので、自分に対する不安というものがなくなりました。

自分ひとりのことだけでなく、まわりの人との人間関係を良好にするための方法もわかるようになり、生きやすくなったと感じています。

毎日の出来事の中で感謝することも多くなり、生活を楽しめるようになりました。

自分に合わない無理な生活をしなくても良い、ということが理解できたことが算命学と出会って一番良かったことです。

なぜ占いをするようになったか

はるか昔のことですが、私は中学生の時、女子なのに1人でトイレに行く、という理由でクラスの中では空気のような存在でした。

誰も話しかけてくれません。

休憩時間は本を読むか、窓の外をボーッとみて時間をつぶしていました。

そんな私を変えたのが占いです。

図書館にあった占いの本をよんで、前の席に座っていた同級生を占ってあげるようになって、クラスの人と話ができるようになったのです。

話ができるようになるまで、私にとって同級生は怖い存在でしたが、占いの話をすることで同級生と友人になることができました。

自分の気持ちも、環境も、180度変わった瞬間でした。

その時の感動が忘れられず、今も占いを続けているのです。