【算命学】を学んだキッカケ【算命学】を学ぶメリット

2018-10-09気学と算命学のいろいろ, ブログ

目次

算命学を学んだキッカケ

算命学を学んだのは、自分がわからなくなったから

算命学を学んだキッカケは、人付き合いをしているうちに自分がわからなくなったからです。

わからないこと

・他の人がイエスということをイエスと思えないこと

・興味を感じたことを他人に理解してもらえない

・1つのことにこだわりすぎてしまう

・他人と一緒に居ると、楽しさより疲れを感じる

などなど・・・です。

さて、上に書きだしたように、他人と自分の違い、ということが気になった私は、1つのことにこだわりすぎてしまう性格もあって、ずーっと他人と自分の違いを考え続けていました。

違う理由が知りたくて心理学とか哲学書とか、イロイロな本を読んだのですが結局わかりませんでした。

でも、占いの本には性格の違いが書いてあります。

初めて読んだ西洋占星術の本から、手相、四柱推命、算命学などの本を読んでいるうち、もっと深く知りたくなって算命学を勉強するようになりました。

占いを勉強することで、自分の性格や考え方を理解することができたのです。

算命学を学ぶメリット

算命学を学ぶと自立した考え方が身に付く

算命学を学ぶと自分の考えが持てるようになります。

自分の考え=自立した考え方です。

自立した考え方とは、

・親の希望ではなく、自分の希望

・友だちのマネではなく、自分にとって必要なこと

自分の希望や自分にとって必要なことをしっかりと考えて理解できている状態。

そのような状態を、自立した考え方ができているといいます。

自立していない考え方

反対に、考え方が自立していない状態とは、

・親の希望が自分の希望

・友だちや周囲の人と同じような行動をする

など、自分で行動を決められない状態をいいます。

子ども時代は自立した考え方を持たなくても良いのですが、思春期をむかえるようになっても自立した考え方を持てないと、問題が出てくるようになります。

自分の人生を生きられない

自分で決めないのは楽です。

あれこれ考えると疲れます。

疲れるうえに、失敗すると責められます。

疲れたくない、責められたくない気持ちが大きくなると、判断を人にまかせるようになります。

子ども時代を卒業しても自分で決めるべきことを決めないようにしていると、自分の人生を生きている感じが持てなくなります。

生きている実感がわかないのです。

そうなると、気持ちがモヤモヤするようになります。

算命学を学ぶメリットは自分の人生を自分で選べるようになること

自分の頭で考えて決めるためには、軸(じく)となる考え方が必要です。

その、自分にとっての軸をみつけるために有効なのが算命学です。

算命学を学ぶことで自立した考え方を身につけると、自分の人生を自分で選んでいけるようになれます。

後悔しない人生をおくるためにも、納得できる人生をおくるためにも、算命学を学ぶことは有効です。

算命学は歴代皇帝の戦術

算命学というのは古代中国で生まれ、歴代の皇帝が戦術として活用していたもので、長い実績に積み上げられた理論がもとになっています。

その理論で国家や組織、個人の運気や運命を読み取っていくのが算命学、というものです。

算命学とは、生まれた年、月、日、それぞれの干支を割り出して、その干支自体の意味、その干支が宿命図のどの場所にあるか、また干支がたがいにどう影響しあっているのかをみて、その国家や組織、個人が持っている宿命を読み取るのです。

宿命は天から与えられた使命で、この世での役割をあらわします。

持って生まれた宿命が、どのような一生をおくるのかは、10年ごとに運気が変わる大運にどのような干支が割り当てられるかで、読み取ることができます。

与えられる大運はその人によって違いますし、同じ日に生まれても男女によって変わります。

算命学のルーツは老荘思想

算命学はもともと老荘思想をもとにしているので、良い運勢、悪い運勢、という考え方はしません。

色々なトラブルに見舞われるのは、自分に経験を積ませるためだし、自分の思い通りにいかないと悩むのは、そもそも自分の思い描く方向は、自分の宿命が目指す方向とずれていませんか?

というような考え方をします。

そのような考え方なので、人生の早いうちに自分の宿命を知り、自分の役割、目指すべき方向を知っていた方が生きやすいかな、と思っています。

算命学が好きな理由

私は、自分が興味を持ったことを深く掘り下げて知りたくなる性格です。

この性格は子どもの頃から変わっていません。

子どもの頃に最初にのめり込んだのは読書です。

1人の作家が好きになったらその作家が書いた文字を全部読みたくなり、単行本、文庫本、雑誌に載ったものを読みあさる。

そんな読書です。

興味を持った対象にのめり込む性格の私が、読書の次に興味を持ったのは異性でした。

好きな人ができたのです。

でも、その人と付き合うことは出来ず、その人の友だちと付き合うことになりました。

付き合う相手は誰でも良かった、というわけではないのですが、彼から告白されて「嫌じゃないな」と思ったから付き合うことにしたのです。

彼と付き合うようになるまで、友人らしい友人というものを持ったことがなかった私は、彼という存在をとおして、自分以外の人間が何を考えているのか知ることができる、と思ったのです。

彼に対して失礼なことをしたと思います。

でも、当時の私は、自分以外の人間の中身を知りたいという気持ちが強くて、頭の中のチャンネルが切り変わるように興味の対象が「彼という人間」になったのです。

彼は、私からの質問に喜んで答えてくれるような人でした。

本からは得られないようなことを彼は私に惜しげもなくさらしてくれました。

彼の考えていること、性格、行動の動機というようなものを理解できた、と感じたのは、付き合い始めてから2年後でした。

彼という人間の中身をすべてわかった、と当時の私は思いました。

傲慢な意識を持った19歳の私は、彼に対する興味をなくしてしまったのです。

でも、彼の気持ちを理解したと思っていながら、私から拒否されたら彼がどんな気持ちになるのか、まったく理解していませんでした。

理解していない、というより、彼がどう思うかということに興味がなかったのです。

私は、興味がないことを簡単に切り捨てる人間であるということを知りました。

自分の気持ち、他人の気持ちには興味はあるのに「こころ」というものを大切にしていないのです。

彼を簡単に捨てることができた自分には「こころ」が無いのだと思いました。

彼を簡単に捨てることができたことが、その後の私の人生の軸になっていきます。

私には「こころ」がない

私には「こころ」がない。

あるのは「興味」だけ。

人としてどうなのか?

その答えを見つけるのには長い時間が必要でした。

初めて付き合った彼以後に付き合った人との関係で答えを見つけようとした私は、自分に罰を与えるかのように付き合う人の要求を満たす努力をしました。

自分に罰を与えるような付き合い方をする関係が上手くいくはずがありません。

なぜなんだろう?

なぜ、人と上手く付き合えないのだろう?

どうしたらいいのか。

道に迷った私が出会ったのが「算命学」という占い

算命学は「生き方」という道を示すものです。

例えば、私は子丑天中殺(ねうしてんちゅうさつ)ですが、子丑天中殺を持つ人の特徴として、

思春期を向かえるようになる頃、親の支配下である家庭から逃れるために快楽主義的な世界へと傾倒していくことがあります。

親に対して強い反抗の態度を見せるようになります。

親に反抗したくなり、反抗するのですが、本人は反抗することで満足は得られません。

親から見ると非行化であり遊びにばかり気をとられている子供に見えますが、家庭から逃避する行動は運命の流れとしては悪くない方向に向かいます。

本人にとっては苦しまぎれの逃避行であり、その行動の結果からは本人も苦しみしか得られませんが、そこで学ぶことで感性や理性を高めることになります。

若年時の反抗は必要悪

周りの者が無理に正常な親子関係を維持させようとすると、かえって学ぶものを少なくしてしまいます。

この時期は暗闇を先陣を切って歩きながら現実を作る役割をもっており、中途半端な力では迷走してしまうために、生まれながら大きなエネルギーを与えられているのです。

という算命学の解説を読んだ時、自分が思春期に感じていたことが書いてあると思いました。

算命学を学ぶことで「こころ」を持たない私も人と付き合えるようになれるかも知れない。

そう思って算命学の勉強を始めたのです。

算命学の占いで出てくる天中殺というのは6種類しかないので、6人に1人は同じ解説になります。

でも、算命学というのは天中殺を解説するだけのものではなく、生年月日から算出した宿命というものからその人の特徴や人生の流れを見ていくものなので、6種類の解説以上の奥深さがあります。

自分の生年月日で、五行(ごぎょう)と十二支(じゅうにし)の組み合わせが決まります。

その組み合わせから自分の性格、特徴、人生の流れを読み取っていくのです。

私の宿命から読み取れる性格、特徴は、

・自分の思い通りの行動をする。
・結果を考えずに欲しいものを求めていく。
・後退しない前進力がある。
・意にそぐわないことはやらない。
・組織の歯車にはむかない。
・好き嫌いにこだわるのでわがまま傾向に。
・我慢が続くと感情が爆発する。
・事に望むときは理性が先行するので非情になれる。

人生の流れとして

・波乱の多い人生。
・強い運気があるが若年時は道がさだまらない。
・自分と世界との間に距離がある。
・自分の生きる目的がはっきりしてくると抜群の能力を発揮できる。

というようなものです。

ここに書き出した性格や特徴、人生の流れは鑑定でわかることの一部分です。

書き出すときりがないので、少ししか書きませんがここに書いたことは自分でも納得できるものです。

「こころ」を持たない「わがまま」な人間である、ということが算命学の鑑定結果に出ているのです。

でも、鑑定結果には「自分の生きる目的がはっきりしてくると抜群の能力を発揮できる」とも出ています。

「こころ」を持たない「わがまま」な人間である、という算命学の鑑定結果に深く納得できた私は、

「自分の生きる目的がはっきりしてくると抜群の能力を発揮できる」ということが気になりました。

自分の生きる目的ってなんだろう?

生きる目的がはっきりしていないから、道に迷っているのか?

生きる目的を知ることができたら、自分に対する不安はなくなるのか?

算命学の占いを勉強した結果、自分の生きる目的を知ることができました。

自分の生きる目的は、自分が生まれた日に受け取ったエネルギーの質と量から知ることができます。

生まれた日に私が受け取ったのは、知識欲、改革力、闘争心、観察力、自尊心、自我、蓄積力の7つのエネルギーです。

自分が持っているエネルギーは、使わなければ不完全燃焼をおこす

エネルギーを持っているのに使わないか、使い方を間違えると、自分の本来の生き方に合っていないということで、軌道修正のためのトラブルを受けるようになるのです。

トラブルとは病気であったり、怪我であったり、人間関係の悩みであったり、自分に対する不安です。

私は自分に対する不安が強かったので、自分に合った生き方をしていなかった、ということになります。

間違っていたというより、常に軌道修正を求められていた、という感じです。

試練やトラブルを受けること自体は、自分を成長させるためには必要なことなのですが、試練が続くとか、トラブルが続くようだと、今していることは自分には合っていない、ということなのです。

私の持っているエネルギーで一番量が多いのは改革力というエネルギーです。

何かを変化させる働きです。

自分を常に変化させていく力でもあります。

エネルギーの質、量から考えると、

観察力、知識欲、他人のために力を尽くす闘争心をサポート役として、変化させていく力を活用することが私のやるべきこと、ということになります。

今していることにあてはめると、占いの勉強をして知識を増やし、お客さまを観察して判断し、お客さまにとって必要なことを力を尽くして伝える、ということになります。

占い師として活動するようになって、自分の中の不安はなくなりました。

自分がするべきことをしている、という感じです。

長くて暗いトンネルの中をさまよい続けた後、ようやく外に出て外気を吸うことができた感じです。

算命学から受けた影響

算命学の占いに出会ったことで私の人生は変わりました。

自分の考え方や性格など、鑑定結果をみて深く納得できたので、自分に対する不安というものがなくなりました。

自分ひとりのことだけでなく、まわりの人との人間関係を良好にするための方法もわかるようになり、生きやすくなったと感じています。

毎日の出来事の中で感謝することも多くなり、生活を楽しめるようになりました。

自分に合わない無理な生活をしなくても良い、ということが理解できたことが算命学と出会って一番良かったことです。

人生を変えてくれた占い

はるか昔のことですが、私は中学生の時、女子なのに1人でトイレに行く、という理由でクラスの中では空気のような存在でした。

誰も話しかけてくれません。

休憩時間は本を読むか、窓の外をボーッとみて時間をつぶしていました。

そんな私を変えたのが占いです。

図書館にあった占いの本をよんで、前の席に座っていた同級生を占ってあげるようになって、クラスの人と話ができるようになったのです。

話ができるようになるまで、私にとって同級生は怖い存在でしたが、占いの話をすることで同級生と友人になることができました。

自分の気持ちも、環境も、180度変わった瞬間でした。

その時の感動が忘れられず、今も占いを続けているのです。

Posted by ねうしまり